学生が自らの手で授業を作ろうというこの企画。発案の段階から授業が実際にできあがるまでには、いろいろな問題点や苦労がありました。そのあたりの舞台裏を、ここでは紹介していきます。
@ コーディネーターを誰にするか?
総合科目に必ず必要なコーディネーター。基本的にその授業を統括するコーディネーターは誰でもよいというわけではなく、授業テーマについて幅広くわかっている人でないといけません。さらに、教養的科目のことをわかっている人でないと、総合科目の運営は難しいかも・・・、などなど、考えれば考えるほど条件は厳しくなってきます。
こうなってくると、頼みの綱は長いこと大学にいて、いろいろな授業を受けてきた4年生の、大学生としてのキャリア(?)がモノをいいます。そんな中で、医療倫理の方面に詳しく、教養でも多くの授業を持っておられる細見先生が適任ではなかろうかという結論に達しました。
後日、医学部保健学科へ細見先生を訪ね、直接交渉。ここでご快諾をいただき、まず第一段階が完了したのです。
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A 講義題目をどうするか?
次は講義の中身をどうするかという問題です。まずは学生どうしで話をして、どんな授業が聞きたいかを詰めました。
生と死を見つめるということで、人間が生き、そして死ぬことにまつわる事象、例えば倫理的な問題、医療の問題、法律上の問題など、この授業を構成する骨格が、一回一回の話し合いの中で煮詰められて行きます。
学生委員会側の講義案が練りあがったところで、それを基にコーディネーターの細見先生と今度は交渉です。ここでは、学生が聞いてみたいテーマと、コーディネーターの細見先生が考えているテーマとの、擦り合わせが必要になりました。
当然、わたしたち学生側と、先生とでは、ものの見方が違うので、一つのテーマについて、それが果たしてこの授業に本当に必要なものなのか、実際に授業として実現可能か、など、根本的な問題から実務上の問題まで、幅広く議論しました。
例えば、当初文字通り「生と死」を見つめている、救命救急医療に携わっている医師や、葬儀屋さんから話を聞けないかという案が学生委員会案の俎上に載っていました。金大には医学部があるのだから、そこの医師なら協力してもらえるかも、という算段もあったわけです。
しかし、いつ緊急の呼出がかかるかわからない救急医を、講義時間中束縛できるのか、あるいは、実際問題として葬儀屋を呼べるのか、といった点から、これらの案は結局陽の目を見ないことになりました。
一方では、生と死が混在する場としての、ホスピスの見学ができないかという案が当初の学生委員会案ではありました。しかし、これも大人数となる受講者がホスピスの見学をすることに伴う受け入れ側のキャパシティや困難、さらに、希望者のみとしてしまうと本来の趣旨から逸脱してしまうことなどから、結局実現はしませんでしたが、なんとかホスピスの方に授業をしていただくというところへこぎつけることができました。
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B 誰を講義担当者にするか?
講義題目が決まると、それを誰に講義してもらうかという話に移ります。この分野ならあの先生、といった具合に、話を詰めていきます。ただ、予算の都合上、極力金沢大学内の先生で、という縛りはありました。しかしそんな中でも、どうしてもこの人は学外だけど呼びたい、という先生にはどうしても来ていただくという方針は貫くことにしました。
学生側、そして細見先生とで鳩首協議の結果が出てからは、実際にその先生に講義の依頼を行います。当初はこの部分も学生側で行う予定でしたが、今回は細見先生がその人脈をフルに発揮して講義依頼をして下さいました。
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C 授業運営をどうするか?
授業の骨格が固まったら、次はそれをどう運用していくかです。成績評価をどういった形にするのかという、一番大きな問題から、受講者の人数、どこの教室で行うかといった細かい部分まで一つ一つ詰めていきました。
成績評価については、講師一人一人に課題を出していただき、受講者が任意でその中から選んで、その課題を提出するという、他の総合科目でもよく見られる方法にすることになりました。
一方で受講者数については、A1やB1教室でで行われる多くの総合科目とは一線を画し、上限150名としてB10及びC10教室くらいの教室で行うということにしました。これは少数精鋭を標榜したというわけではなく、実際毎回の講義後に設けられた質問タイムや、講師と受講者との全員討論などを行うには、150人という人数が限界であろうという判断からです。
実際の講義では、当初予測を大幅に上回る受講希望者が殺到し、想定していたものとは違うものになってしまいました。この点、来年度以降鋭意改善していきたいと考えています。
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そして2002年春・・・・
新年度がスタートし、「生と死を見つめて」もいよいよその産声をあげました。筆者はあろうことか、この直前に卒業してしまい、文学部なのになぜか損害保険会社に就職して、保険屋としての第一歩を踏み出したのですが、なにはともあれ、自分が携わったこの授業がどのように展開していったのかを、この眼で直接見届けられなかったのがただただ心残りです。
これからも、学生による授業企画は続いていくのでしょうし、こうした試みが他の大学に広まっていけばと思います。
そうした中で、私たちの経験がどこかでお役に立てば光栄ですし、短い学生時代を充実した期間にするためにも、大学を活性化させるためにも、こうした試みが広まることを期待しています。
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